その夜、ぼくは奇跡を祈った

田口ランディの小説、ハードな内容が多いがハートフルなストーリーも書ける、その多才さに仰天 ** 「本書はわずか20冊しか紹介せぬ小冊子なのに、田口ランディを２冊も出すとは贔屓のし過ぎなんじゃないの」とのイチャモンがつくやもしれぬが、これには理由があるのだ。まずもって本書は「クリスマス商品」であること。もう一つは田口ランディ、今秋、５冊も本を出し、それらがみな面白いので「どうしても紹介したい！」と思ったのであります。また、『昨晩お会いしましょう』に代表されるように、彼女の小説、基本的にはハードな内容が多いが、本書『その夜、ぼくは奇跡を祈った』のような、ハートフルというか涙チョチョぎれるお話、一歩間違えばセンチメンタルにもなりかねぬストーリーも書ける、その多才さにも仰天したからだ。それに、網中いづるの、味のある水彩画もなかなか良いのだ。その意味では「絵本」的な要素すらある。「クリスマスの仕事」「一番星」「恋人はサンタクロース」の３篇が入っているが、ここでは最初の短篇を紹介しておこう。音楽事務所からの電話で、12月24日の仕事が入る。場所は浜松のセントマリア病院、仕事が入るのは２か月ぶりのことだった。僕と室井はフォルクローレのデュオをしており、僕はギターとケーナ、室井はアンデスの民族楽器と歌、語りを担当していた。二人は30歳になっても六畳一間、風呂なしのアパート生活、月に一度のライヴハウスでの仕事、不定期の地方巡業以外、アルバイトで食い繋いでいた。「浜松って言ったら、やっぱりうなぎだよな。うなぎなんて、いつ食べたっけなあ。クリスマスにうなぎってのも、なんだけどね」と、大食漢の室井は話す。「二十四日は、朝からどんよりと曇っていた」。二人は浜松に砂丘のあることを知り、途中で風紋を楽しみ、「よっしゃ、記念に一曲、神様にクリスマスプレゼントだ」と、波音の「不規則さのなかの規則」に合わせて演奏する。「波の波形に乗ると、笛の音は海面をすべって上昇気流をつかまえ、空にのぼっていく」「そして気流の音といっしょになった。瞬間、アンデスの山が見えた」。このあたりの表現、とても巧い。セントマリア病院はアルコール臭はなく、入口はホテルのエントランスのようだった。若い看護婦さんが「温かい紅茶と、イチゴのショートケーキを運んで来た」。天気予報が伝えていた通り、雪が降ってきた。雪を見た看護婦さんは、「ホワイトクリスマスですね」と言って笑う。三時になり、二人は演奏会場に向かった。小児病棟ではなく、部屋は妙に静まりかえり、二十ほどのベッドが両脇に並んでいた。「びっくりしたかしら。ごらんの通り、この方たち、みなさん植物のような状態なの」と婦長さんは、ごくあたりまえの口調で、笑いながら言った……。後は書かずにおくが、「オチ」も、とてもきれいに纏まっている。世の親たちが、この本をプレゼントしたら、絶対にウケること間違いないだろう。